大阪コピーライターズ・クラブ OCC賞の特長

OCC賞はこんな賞

「Copywriter’s Age 」 50号 発行に当たって

井上OCC会長のメッセージより

3号どころか、ついに50号です。
大阪コピーライターズ・クラブ(略してOCC)の機関紙も、世間さまにちょっとは胸がはれるだけの歴史を、重ねることができました。
この栄えある50号を記念して、ここはひとつ後世に残るような特集号を企画しよう。
これがこの「OCCコピーライター物語」の発行の主旨であります。歴代のOCC受賞者や受賞作を中心に、クラブの代表的な広告を広く集めてみました。

さて、OCC賞ですが、この賞は、いつしかクラブ活動のメインイベントになりました。草創期は、研究会や親睦のつどいなどが多かったようだし、わたしが事務局現役の頃は、OCCサロンと称して、論客相よってカンカンガクガク、喧嘩ごしでコピー論を戦わしたものです。最近では、勉強や論争よりも、会員から望まれるのは賞のようです。

賞には、二通りあります。
一つは、ノーベル賞、芥川賞、なんとか広告賞などの類いで、主催者から権威ありと認定された審査員各位により、通常密室で審査され、受賞の沙汰が下しおかれるもの。わがOCC賞は、いささかおもむきを異にしています。

まず、審査は、会員から選ばれた回り持ちの(当番)審査員パネルによる互選です。審査員の顔ぶれを見ても、巨匠も大スターも見当たらない。そのかわり、審査は、手弁当でひたむき、はかる物差しは自分となれば、一生懸命です。若い、制約がない。自由。いいかえれば、裁判官ではなく、一般市民の「陪審員」が選ぶ賞ともいえるでしよう。
審査基準も、選ぶ人が交代すれば毎年少しずつ微妙に違うのではないでしょうか。世俗的な意味での、権威はないかもしれません。そこがいい。素直に、現場の空気を反映しているともいえます。

ただ、年に一度の贈賞式なる儀式があります。受賞者のほかクライアントにも賞状を出し、こ理解をいただこうという、なかなか苦労人の演出です。
賞状を渡すのがわたしの役ですが、ときには、せっかく司会者が名前を読み上げても、栄えある受賞者(もちろんクライアントも)が姿を見せず、賞状を持ったまま壇上で立ち往生することもあったりして。これも、いかにもOCC賞らしい光景ではあります。

いってみれば、わがOCC賞は、いわばムラの祭りです。天満の天神祭り、岸和田だんじり祭り、アメリカの農村のステートフェアです。神興を担ぎ、山車をひく若い衆。自慢の手作りパイや手塩にかけた家畜の品評会、というところです。

いま、わたしたちコピーライターにも、先の見えない不況が襲ってきています。しかし、21世紀へむかっては、事態ははっきりしています。メディア状況が変革します。コピーライターとして、どの楽器が演奏できるか。本物の技術を持っている人が生き残るでしょう。細分化されたデータベースごとのターゲットバイヤーへ、人を動かすセールスメッセージが、送りわけられる時代になります。コミュニケーションの姿勢も、双方向です。一方的モノローグから、ダイアローグ(対話)へと時代は、移るでしょう。
この国では、長い間、短く、オモシロく、軽いコピーだけが称賛されてきました。説得パワーを持つボディコピーは、絶滅寸前です。

紙上かTVディスプレー上かを問わず、なるほど、わかる。通じる。高いレスポンスを得る説得技術は、これからのコピーライターの腕の振るいどころです。ちなみにアメリカのカタログコピーは、なんと14もの書き型があるといわれるほど、生き残るための多彩なプロ技術を誇っています。いよいよ新世紀に突入するにあたり、コピーライターたるもの、未到のあたらしい技術に挑戦しようではありませんか。

最後に、今回編集に携わっていただいたスタッフのみなさん、本当にご苦労さまでした。まさに継続は、力なり。クラブ発足当時の先輩の手による「顔」「OCCニュース」誌から、現在の「OCCコピーライターズエイジ」にいたるまで、歴代編集の裏方を務めていただいた数多くの方々に、この際、クラブを代表して、こころから敬意を表したいと思います。ありがとうこざいました。

大阪コピーライターズ・クラブ会長 井上道三
※役職名は当時。